名古屋大学 哲学研究室
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Interview

哲学を学ぶこと、問い続けること――大石さんに聞く

卒業生インタビュー 大石 琳菜さん(2025年度 文学部卒業/株式会社アーテック 商品開発・営業)

名古屋大学哲学研究室では、哲学史や倫理学をはじめとする多様な領域について、文献を精密に読み、問いを立て、自らの考えを言葉にしていく学びが行われています。

では、実際に哲学を専攻した学生は、大学でどのような経験をし、その学びを卒業後どのように捉えているのでしょうか。

今回は、名古屋大学哲学研究室を卒業し、現在は学校教材メーカーで商品開発・営業の仕事に携わる大石琳菜さんに、哲学を志したきっかけ、卒業論文、研究室での学び、そして現在の仕事とのつながりについて伺いました。

「2025年度 名古屋大学卒業式」の看板の前に袴姿で立つ大石さん
2025年度の卒業式にて

「生きる意味」を考えたい――哲学との出会い

――まず、哲学を学ぼうと思ったきっかけを教えてください。

大石さん 高校2年生のころ、進路について考えるなかで、「自分は何のために生きているのだろう」と考えるようになったことがきっかけです。

毎日を過ごしているけれど、自分はどこに向かっているのか。自分がいなくなったとしても世界の大半は変わらないのに、なぜ生きるのか。そういうことが分からなくなって、担任の先生に相談しました。すると、「哲学科に進むのがいいのではないか」と勧められたんです。

――その後、別の大学から名古屋大学へ編入されています。

大石さん はい。最初は他大学の哲学科で学んでいました。そこでの勉強も非常にためになったのですが、卒業論文では、より自分の関心に即したテーマに取り組みたいという気持ちが強くなりました。

もともと倫理学に関心があったので、その分野を専門的に学べる先生を探し、鈴木真先生が名古屋大学にいらっしゃることを知りました。それが、名古屋大学への編入を決めた理由です。

――倫理学には、どのような点で関心を持ったのでしょうか。

大石さん もともと、命や人生のような、自分たちの身近にある問いに関心がありました。一見すると分かりやすそうでも、考え始めると簡単には答えが出ない。そういう問いを深く考えたいと思ったときに、倫理学が自分の問題意識に一番近いと感じました。

自分のなかで考えていたことを、学問として勉強できるのは、とてもよいことだと思っていました。

卒業論文では「反出生主義」を研究

――卒業論文では、どのようなテーマに取り組みましたか。

大石さん 大きく言えば、「反出生主義」という立場を扱いました。

反出生主義は、簡単に言えば「子どもは生まれてこない方がよい」と考える立場です。私は、反出生主義者のデイヴィッド・ベネターが、その結論を導くために用いている議論の一部、とくに「人生に意味があるのか」という問題を取り上げ、その議論が妥当かどうかを検討しました。

――ベネターの議論とは、どのように出会ったのでしょうか。

大石さん 名古屋大学の図書館を歩いていたときです。当時、自分自身も人生の生き方について考えていたのですが、そこで『生まれてこない方が良かった』というタイトルの本を見つけました。

そのとき、「これで卒論を書こう」と思いました。3年生のころだったと思います。

――論文では、ベネターに反論することを目指したのですか。

大石さん 最初から反論しようと考えていたわけではありません。むしろ個人的には、ベネターの議論に納得する部分も多くありました。

ただ、個人的に共感できるということと、議論として妥当であることは別です。卒業論文として書く以上、「この議論には検討の余地がないか」という点を考える必要がありました。そこで、ベネターの議論のなかで十分に論証されていない部分がないかを検討しました。

ベネターは、人生には究極的な意味がなく、それを努力によって獲得することもできないと考えます。また、人生が無意味であること自体や、それを認識することによって生じる不安や絶望も、人生を悪いものにする要因だと論じます。

私は、それが本当に「生まれてこない方がよい」という結論を導くほど重大なものなのかを検討しました。

哲学を学ぶとは、議論を丁寧に追うこと

――高校時代には「生きる意味を知りたい」という思いがあったとのことですが、実際に哲学を学んでみて、印象は変わりましたか。

大石さん かなり変わりました。一番感じたのは、「哲学は、人生の意味を直接教えてくれるわけではない」ということです。

入学前には、哲学とは漠然とした問いについて自由に考える学問だと思っていました。でも実際には、これまで積み重ねられてきた議論を一つずつ理解していく必要があります。

哲学者の文章を一文ずつ読みながら、「この言葉はどういう意味なのか」「この主張は本当に成り立つのか」と細かく検討していく。読解そのものも難しく、心が折れそうになることもありました。

――その経験から、どのようなことを学んだと思いますか。

大石さん 人生の意味そのものを哲学から教えてもらったわけではありませんが、簡単には答えられない問いについて、自分で考え続ける姿勢を学んだと思います。

それまでの私は、勉強にはある程度正解があって、それを理解して身につけることが得意でした。でも哲学では、先生から正解を教えてもらうだけではなく、自分で読んで、自分で考えて、それを自分の意見として説明しなければなりません。

そこにはとても苦労しましたが、その姿勢を身につけられたことは大きかったと思っています。

学問に向き合う姿勢を変えた先生の言葉

――名古屋大学で学んでいたなかで、特に印象に残っている経験はありますか。

大石さん 布施哲先生がおっしゃった言葉が、今でも強く印象に残っています。

「教室を出たら忘れてしまうお勉強なんて意味がない」という趣旨のことをおっしゃったんです。

私はそれまで、暗記して正解を書き、よい評価を得ることが勉強だと思っていました。先生が何を求めているのかを考えて、それに応える。それが正しい勉強の仕方だと思っていたんです。

だから、その言葉を聞いたときは、自分のそれまでの価値観が崩れたように感じました。

――かなり大きな影響だったのですね。

大石さん 大きかったです。

ちょうど名古屋大学に編入したばかりで、新しい環境のなかで、どう学んでいけばよいのか分からない時期でもありました。そのときにその言葉を聞いて、「自分が今までやってきたことは、本当の意味では哲学ではなかったのかもしれない」と思いました。

それをきっかけに、改めて哲学という学問に向き合うようになったと思います。

温かく、率直に議論できる研究室

――哲学研究室の雰囲気についても教えてください。

大石さん 本当に皆さん優しくて、温かい研究室だったという印象があります。

ほかの研究室と比べたわけではありませんが、先生と学生、先輩と後輩の距離も近かったと思います。授業のなかで笑いが起きることもありましたし、研究室で冗談を言い合うこともありました。飲み会も楽しかったです。

――研究室の合宿にも参加されていました。

大石さん はい。実は、参加する前は少し不安でした。

「ずっと難しい哲学の話をしていて、ついていけなかったらどうしよう」とか、「何か発表しなければならないのではないか」と考えていました。

でも、実際に行ってみるとまったくそんなことはなくて、とても楽しかったです。

私は普段、先生方となかなか話せないところもあったのですが、合宿ではみんなで食事をしながら他愛のない話ができました。それだけでなく、卒業論文について率直に相談することもできました。

学問的な話も、それ以外の話もできる時間だったので、参加してよかったと思っています。

哲学専攻から、教育に関わる仕事へ

――哲学を専攻すると、就職について不安を持つ学生もいると思います。大石さん自身はいかがでしたか。

大石さん 私自身は、哲学を選んだ時点では、その先の就職についてあまり考えていなかったので、専攻を決める際の迷いはありませんでした。

ただ、母からは「その先はどうするの?」「大学の先生になるの?」とは聞かれました。それでも最後には、「やりたいことなら応援する」と言ってもらいました。

――現在は教育に関わる仕事をされていますね。

大石さん はい。もともと教育には関心がありました。

子どもの可能性は本当に大きいと思っています。自分自身は、誰かに進路を決められたというより、自分で自分を縛ってしまっていたところがありました。

だからこそ、子どもたちにはいろいろな選択肢を持って、本当に興味のあることを学び、自分の好きなように生きてほしいと思っています。そのためのサポートができる仕事をしたいと考えて、教育分野を選びました。

お仕事について:「ゼロから一を生み出す」

――現在のお仕事について教えてください。

大石さん 学校教材メーカーの株式会社アーテックで、商品開発と営業をしています。

小学校の理科実験で使う教材や、中学校の美術教材など、さまざまな学校教材を扱う会社です。私は市場調査をしたり、新しい商品を考えたり、SNSを担当したりしています。

職場で両手を広げて笑顔を見せる大石さん
現在の職場にて

――現在の仕事には、どのような面白さがありますか。

大石さん 「ゼロから一を生み出す」ことができるところですね。

「こういう商品があれば、こういう人に喜んでもらえるのではないか」と考えて商品を提案し、それが通って実際に形になっていく。その過程が楽しいです。

たとえば今は、20代から40代の女性向けの文具について市場調査をする課題も担当しています。

どのような商品が評価されているのか、何が流行しているのかを調べ、それをもとに「この商品にこういう要素を加えればよいのではないか」と提案しています。

哲学で身についた「言語化する習慣」

――哲学を学んだ経験は、現在の仕事とどのようにつながっていますか。

大石さん 哲学で勉強した知識そのものが、直接仕事に使われているわけではありません。

でも、「自分は何をしたいのか」「誰のために、なぜこの商品を作りたいのか」「なぜ自分は子どもたちのために働きたいのか」といったことを言葉にして考える癖は身につきました。

自分が何を大切にしているのかを言語化することが、自分なりの軸を持って働くことにつながっていると思います。

――哲学を専攻したことが、就職活動で不利になることはありませんでしたか。

大石さん それはまったくありませんでした。

むしろ「哲学研究室にいます」と言うと、興味を持っていただけることが多かったです。

哲学は、「どんなことを勉強しているのだろう」と思われることが多いので、話のきっかけにもなります。それは就職活動だけでなく、入社してからも同じですね。

哲学を学ぶ時間は「人生の糧」になる

――最後に、哲学研究室への進学を考えている学生にメッセージをお願いします。

大石さん 編入生として2年間しか過ごしていない私が言うのもなんですが、間違いなく濃い時間を過ごせると思います。

今は、「自分らしさ」や「どう生きるべきか」といったことを、自分自身で選んでいかなければならない時代だと思います。だから、悩むことも多いと思います。

哲学には、これまでの人たちが考えてきた膨大な知識の蓄積があります。学部で触れられるのはそのほんの一部ですが、ほんの一部でも触れてみることは、人生の糧になるのではないかと本心から思っています。

もちろん、哲学は「こういう人におすすめです」と簡単に勧められるような学問ではないと思います。

それでも私自身は、哲学を、そして名古屋大学の哲学研究室で学べて、本当によかったと心から思っています。